サングラス越しの世界

色付きの世界を綴る日々の雑文集

【mons.Wolffの頂で】

夜を使い果たした私の瞼には、行き場を失った睡魔が重くのしかかっている。それは例えば黄昏の商店街で、半分だけ降りたシャッターみたいに、気を抜けば閉まりきってしまいそうな、それでも尚眠ってしまうことを拒む精神が私のどこかに漂流していて、降り切らないシャッターは遂に朝を迎えようとしている。

 

 

例えば近い未来に誰でもーーーとびっきりのお金持ちじゃなくてもーーー月に行くことができるようになったなら、きっと私は行ってみたいと思うだろう。そして月に着いた私は大きなクレーターや乾燥した平野や宇宙人のいる月の裏側を探検しては、そのうちに飽きてぼーっと地球を眺めるのだ。私はあそこから来たのか、私はあの小さな惑星で生まれて、数十年を重ねたのか。真っ暗な宇宙に浮かんだちっぽけな塊の中であの子を好きになったりアイツを嫌いになったりしたのか。

そしてきっと、少しだけ悲しくなって、その後大声で笑うだろう。あぁ、殆どのことは宇宙の端の端の端の片田舎で起こっているのだ。温暖化だって、食糧難だって、あら今年の夏は暑いわネ、今年のコメはあんまりだナ、くらいのことで、古い神社の鳥居の側でヒグラシの鳴き声を聴きながら交わす会話のようなものなのだ。

 

 

みんなが先に地球に帰ってしまって私は月に1人になるかもしれない。そのうち行きたいところもなくなって潰せぬくらいのヒマを抱えることになるかもしれない。そうして飽きることにも飽きたくらいに、私はヴォルフ山に登るのだ。富士山と大体同じくらいの高さで(富士山に登ったことはないけれど)私が生まれた場所を思い出すために。

月の重力は心地よい。地球にいた頃はどうしてあんなにガマンができたのだろうと思うほど。ピョーンピョーンと音がするくらい体が軽くなって、すぐに頂上に着いてしまう。

 

 

あぁ、私の生まれたあの星の向こう側から太陽が昇ってくる。悲しみと可笑しさを抱えた私の顔を真っ赤に染めてゆく。ヴォルフ山の頂上で私は、色のない空に向かってきっと涙を流すのだ。