サングラス越しの世界

色付きの世界を綴る日々の雑文集

【紀行雑記1-3 小さな国の大きな祈り】

白い一本の線で仕切られた国境を越える。そこに壁はなく、事務的な手続きすらない。

 

私は今、世界一小さな国、バチカンの広場に立っている。敷き詰められた石畳は朝日を反射し、荘厳な鐘の音は15分ごとに時を刻む。名だたる殉教者たちが楕円型の広場を見下ろし、人々は静かに祈りを捧げる。

 

サン・ピエトロ広場。

 

凪のような、風のない時間がそこにはあり、常に清潔に保たれた広場はまるで何百年もの間そこだけ世界から切り取られたような姿をしている。

 

厳重な手荷物チェックを終え、サンピエトロ大聖堂に入る。キリストの総本山。ローマ教皇の住処。高さ50メートルほどの入り口の上にはイエスキリストの像がたっており、眼下を臨んでいる。それはまるで大聖堂を訪れる人々の人生を見透かすようであり、または、苦悩と悔恨を赦すようである。

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入り口を入ると中はひんやりと冷たい。それが物理的な要因からくるものなのか、もしくは精神的な感覚に依存するものなのか、私にはわからないが、すくなくともその"冷たさ"の中に人々の平穏が隠れていることは確かだろう。静寂の中で朝のミサが行われる。灯された蝋燭の火が風のない聖堂に小さく揺れる。

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長い間、本当に長い間、そこで祈りが捧げられてきた。世界一小さな独立国家の、世界一大きな教会で。世界の広さに比べれば人々の祈りはあまりにも小さい。それでも聖堂は存続し、宗教は止むことがない。

その祈りの場にあって、どうして手荷物検査が必要なのか、どうして厳重な警備が必要なのか、そういう類の疑問は、もしかすると実はもっと大きな世界の疑問であり、同時にそれは人々が長きにわたって抱き続ける疑問なのかもしれない。

 

 

 薄暗い大聖堂の向こうに陽に照らされた石畳が小さく見える。出口にはスイスからの衛兵が立っている。彼が守るのは、きっと目には捉えられない何かなのだろう。

再び広場に立てば、祈りという行為が、論理や合理を超越したところにあることを身を以て実感する。

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広場に心地よい風が吹き、教会の鐘が鳴った。