【うどんを数学する(1)うどん関数】
冬至を越え、年を越え、そこから更に1ヶ月を経た。時の流れは早いもので今日などは春を期待させるような暖かさである。無論、肌寒い冬がもう少し続くことはほとんど自明の理であるが。
さて、死ぬまで食べても飽くことのない料理はあるだろうか?(私は斯様な問題をよく提起し、考えることが好きである。友人と飲みに出かけても女性と食事に出かけてもとりとめない話題を際限なくこねくり回す)
私は即座に"うどん"と答えることができる。実際私の冷蔵庫はその大部分をうどんに支配されている。
今回から数回に渡って、この"うどん"を数学的に解析するという、荒唐無稽意味不明かつ無意義極まりない妄想劇を繰り広げる予定である。(これはあくまで予定なのでどうなるか定かでない。その実私のペンはまだその計算を完遂してはいない)
その第1部として今回は、うどんを解析するためのいくつかの仮定と方針についてお話しする。
先に断っておくが、一連の議論には少なからず数学が出てくる。しかし、そのほとんどは高校までのそれで理解できるようにしてあるし、理解できない部分は結論だけを楽しんでいただければ良い。
では、
【うどん数理解析】
1、要請(前提)
まず、議論を進める上での方針を与える大前提を置くことにしよう。
①うどんは出来上がった瞬間から食べ始めることにする。
②うどんには具材が入っておらずうどん本来の要素だけで美味しさが決まる。
③うどんは味のないダシ(熱浴)に浸かっており、ダシは美味しさに関係しない。また、器は無限に大きいため常に等温である。
④麺は長細い長方形としてその長辺は断面に対してかなり長い。
この4つの要請から以下の問題を考える。
問
【うどんを食べ終わった時に最も幸福に感じるうどんの長さはいくらか】
さて、それでは本論へ。(難しいのは今回だけ)
2、うどん関数
まず、うどん関数を定義しよう。
U≡U(α,β,t)
ここでうどん関数とは、ある時刻においてうどんがどれだけ"美味しいか"を特徴づけるものである。また、
αをコシ関数
βをのどごし関数
として時刻tによって決まるコシの強さ、のどごしの良さを決める関数とする。
つまりうどんの美味しさはコシとのどごしが決める、と考えるのだ。(実はこの後満腹関数も導入する)
ここで既に違和感を覚える方も多いだろう。味はどーなんだ!とか、美味しさは人それぞれだろ!とか。しかし、ある現象をモデル化して議論する学問(物理や経済)において斯様なモデル化はまま見られるものであるから、ご容赦願いたい。(難しいのはもう少し先)
3、幸福とは?
人生常に幸せであることがその人の人生を最も価値あるものにするとは限らない。しかしながら少なくとも、うどんをすすっている時だけ考えれば、常にうどんを美味い!と思っている方が食べ終えてからの幸福度は大きい。したがって、以下のような幸福作用汎関数を導入する。(この節の数学は高校範囲を逸脱している)(ココ!難しいのはココだけ!)
S≡∫U(α,β,t)dt
こうすることで、作用の変分が0となる条件を与えるとうどん関数に対するオイラーラグランジュ方程式を導出することができる。(但し、ここではαとβが互いに独立であるように見えるので方程式は上手い形にならないように思えるが、以下でコシとのどごしが実は微積分関係にあるという驚きの証明を与える)
つまりSというのは、食べ始めてから食べ終わるまでの"おいしい!"の連続を足し合わせたものであるので、これは食べ終わった時の幸福感と考えてよい。
…ふぅ、とりあえずうどん関数とその意味を定義し終わった。実はこの後コシとのどごしについて考えを進めていくつもりだったのだが、既にかなりの文字数を使ってしまっているので、第1部はこのあたりで閉じることにする。
気が向けばこのあと、
(2)うどんが伸びるとは?
(3)コシのお話
(4)のどごしのお話
(5)コシとのどごしの幸福な関係
(6)満腹になること
(7)うどん関数からわかること
という流れで書こうと思う。
一回一回は難しくせずに、最後にはとてつもなく無駄なことをしていたのだと気付く流れになっているので、時間がある時に読んでいただければありがたい。
最後に断って置くが、うどんは何も考えずにただおいしい!と味わうことが大切だ。間違ってもうどん屋で数学などすることのないように。