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サングラス越しの世界

色付きの世界を綴る日々の雑文集

【禁酒とミンクオイル】

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村上春樹は死について、『死は我々を追いかけ捉えるものだ』と書いている。冬の寒さも、我々を追いかけ、捉え、そしてまた追い抜いて行くのだろうか。師走の数十日は、なにか気温とはまた違う"寒さ"を感じるような気がする。

 

 

さて、今回はそんな他愛のない冬のひとときに、ふと気づいた(無理やりにこじつけた)"遠い相関"のお話である。

 

 

私は禁酒している。その詳細については割愛するが、まぁ何はともあれアルコールは絶っている。幸福の本当の意味について幸福の外の人々にしかわからないのと同様に、私もお酒をやめてその意味にはじめて気づいた。

 

お酒を飲む、というのはある意味概念である。…というのは、"お酒を飲む"という文脈においてそれは、単にヒドロキシ基を体内に…という意味ではなくて、より広義に捉えられるべきだろうということだ。

友人や同僚とワイワイする、恋人と大切な時間を過ごす、父と2人で語り合う…そんな人生には欠かせない時間を演出することこそ、"お酒を飲む"ということではないだろうか。

 

そういう"広義の飲酒"の中でも私にとって特に重要なのは、1人で飲む、ということである。

特別な日でなくても、1人で好きな音楽を聴きながら、好きな本を片手に、好きなお酒を飲むというのはとても大切な時間なのだろう。

 

 

どうして飲酒をそういうカタチで捉えるようになったかというと、最近ミンクオイルの香りを嗅ぐ時間が増えたからだ。

つまり、以前にも増してブーツを磨くようになった。そしてそれは、ある側面において飲酒と同様の意味を成す。

 

 

 

人には"何もない時間"か必要不可欠だと思う。しかしそれは、単なる"ヒマ"とはいくらか異なるようだ。ある時間にヒマ、という名前をつけてしまうと、それは空洞になる。なにか予定を入れるべき空洞。勉強?運動?睡眠?

しかし、何もない時間は空洞ではない。私はその時間にお酒を飲む。ブーツを磨く。

大事なことは、"アタマを使わなくて良いがヒマではない時間"なのだ。私は今こうして明らかにブーツを磨いて時間を過ごしている。アタマでは何も考えないが、決してそれは空洞ではない、そういう時間。

 

 

現代は常に焦燥の中にある。社会は常に加速している。我々は実体の見えない魔物に追い回されるように、時間それ自体に翻弄されるように生きている。脳は常に思考し、精神は常に磨耗する。

そういう切り取られた"短い時間"の連続の中で生きる我々には"何もない時間"こそ、とても大切なのかもしれない。時計を止めて、ケータイを閉じて、少し部屋を暗くして、ほのかなピート香や、オイルの柔らかな匂いだけが支配する時間を楽しむことが大切なのかもしれない。

 

 

依然として私はお酒を断つ。それと同じだけ他のことに使える時間があるのだと考えるようになった。磨かれすぎた私のブーツが怒り出さぬうちに、もっと他の"何もない時間"を見つけようかなと考えている。

 

 

キャンパスの木々はすっかり冬の様相を呈し、また来たるであろう春に向けて、その内部で活力を滾らせているように散見する。風邪の流行る中、睡眠はしっかりと。