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サングラス越しの世界

色付きの世界を綴る日々の雑文集

【来る年と冬の花火】

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夜が相当冷え込むようになった。冬は他のどの季節よりも空気が透明になる。帰路の街灯は何時にも増して輝くように見える。

 

さて、忘年会の季節である。身も財布も寒くなる季節かもしれない。私も3、4件の宴の席を用意しなければならず、予約できていないことを少し心配している。(この心配が偏に私の怠惰からくるものであることは承知している)

 

時を同じくして、スケジュール帳を新調する季節である(私は毎年1月始まりのものを購入する)。先日、2017年の手帳を購入した。

私は決してマメな方ではないが、幾分心配性であるから、スケジュール帳だけは高校生の頃から使用している。かれこれ6年ほど。

手帳を使われない方もいるかもしれないが、量販店に行くと夥しい手帳が並んでいる(それはまるでカマキリの赤ちゃんが隊列を成すようだ)。欲しいものはだいたい決まっているので、私としてはむしろそれを見つけるのが大変なのだが、見つけた後は安堵からか、絶対に買わない(し絶対に似合わない)手帳をパラパラと冷やかして回る。

 

手帳なんてものは何十年も昔からあるはずなのに、それでも毎年新しいアイデアに満ち満ちたものが販売されていて感心する。少しの違いなのだけど、それを一年通して使うことを考えれば大きな違いである。多分、手帳のことを一日中考えて手帳を愛してやまない人々がいるのだろうなと、彼は自らの手帳に手帳についてのことをたくさん書き込んでいるのだろうなと、どこの誰かもわからないオッサンに思いを馳せたりなどする。

 

 

他方、受験生時代以来、私は久々に付箋を購入した。必要に迫られての購入だったので、なんでも良かったのだが、コチラも小さな変化を遂げていることに気付いた。それはまた、とても小さなことなのだけど、私はその有用性に声を上げてしまうほど感嘆した。手帳と同じく、付箋について山ほどの時間を割いている人もいるんだろうということは想像に難くない。

 

 

 

変化には2種類あると思う。とてもとても大きな変化と、なかなか気づかない小さな変化だ。アインシュタインは物理に大きな変革をもたらしたが、その以前にはとても小さな(大理論の前では矮小化されてしまうような)発見がたくさんある。

そしてそれはまるで線香花火のように小さな火を灯す。皆が夜空に浮かぶ大輪の打ち上げ花火に見入る頃、側で小さな線香花火がチラチラと燃えているように。

 

 

しかし、むしろ大切なのは線香花火の方なのかもしれない。誰も気づかないけれど、それこそが私たちにとってはとても重要なことなのかもしれない。私の気付かないところでも小さな線香花火がポツポツと灯されているのだろう。そしてそれは、幾らかの人々を幸福にして、幾らかの人々に豊かさを与えているのだろう。

 

ふとした拍子、アイデアの灯火を見つけることは実はとても幸福なのかもしれない。

 

 

 

2017年の手帳に予定を書き込んだ。ページを捲ると、今か今かと私を待つ時間たちが踊っている。不器用な私はどうしたって一歩ずつしか歩めないのだから、急がずにページを重ねていきたいものである。

 

 

冬が世界を覆い尽くそうとしている。火遊びと風邪には気をつけて。